D市は,穏やかな気候で,野菜や果物の栽培,魚の養殖など農水産業が盛んな地域である。農水産業はD市の地域経済を支える基幹産業であり,古くから親しまれている農水産物はブランド認定品として広く認知され,大都市圏を中心に流通している。D市には,農水産業を営む農村部,温泉や渓谷などの自然観光資源がある観光部,企業のオフィスや商業施設などが集中した都市部がある。
E社は,大手のSIベンダーであり,D市を含む全国の市町村向けに数多くの行政システムを提供している。E社は,D市を対象地域とするスマートシティ構想を検討しD市に提言することにし,地域が一体となって取り組むべき課題とその対応策を明らかにすることで地域活性化を図り,E社の事業領域拡大も狙うこととした。
〔D市の現状〕
D市は近年,地域経済の縮小や人口減少,加えて,特に農村部で顕著な空き家問題など,社会課題が表面化してきており迅速な対策が必要である。E社は,D市の現状の課題を把握するために住民や観光客に対しアンケートやグループインタビューなどで調査を行った。
(1)農村部の課題
D市の農村部では,昨今の燃料費高騰などによって流通コストが増加し,販売する農水産物の利益率が低下している。また,形や大きさなどが規格外の農水産物は,品質に問題がなくても大都市圏へ流通できず,廃棄せざるを得ないので,農水産業者(以下,生産者という)にとって利益率低下の原因の一つになっている。この問題は昨今のSDGsへの関心の高まりからも無視できない状況である。D市の観光部や都市部の宿泊施設や飲食店など(以下,実需者という)に規格外の農水産物を流通できれば,利益率の改善や廃棄の抑制につながる可能性があるが,大都市圏との取引を優先してきたことからD市内の他地域との接点がなく,実現できていない。
(2)観光部の課題
外国人観光客や国内企業の社員旅行客などが減少傾向にある。一方,自然志向の高まりから,D市の自然観光資源に魅力を感じ,家族や友人などで訪れる少人数の旅行客は増加傾向にある。少人数の旅行客では,食事を重要視することが多く,D市産の農水産物を利用したメニューで特徴が出せれば,より多くの観光客を呼び込める可能性があるが,実現できていない。
数年前から,遊休農地の増加の歯止めや空き家の活用を目的として,遊休農地を市民農園に整備した上での農業体験や,空き家を利用した宿泊体験などを提供している。大都市圏から来た観光客で,農水産業体験や宿泊体験をした人の中には,D市で農水産業に従事することに魅力を感じ,実際に市外から移住してきた人もいる。
一方で,移住を考える人の中には,農水産業は熟練のノウハウを必要とするイメージをもち,移住をためらう人もいる。移住経験者との意見交換ができればそのような懸念が払拭され,移住につながる可能性があるが,実現できていない。
(3)都市部の課題
市外の企業の従業員の中には,D市の自然観光資源や農水産物が気に入り,D市の都市部に移住し,市外の企業にリモートワークしたいといった声を聞くことがある。また,都市部にはリモートワーク拠点として利用できるコワーキングスペースがある。その近隣の飲食店にD市産の農水産物を利用した特徴あるメニューがあれば,是非利用したいとの声を聞くことがあるが,実現できていない。
〔スマートシティ構想〕
調査結果を受けE社は,D市の強みを生かし弱みを補強することで,“人が安心して訪れ,暮らし,働くことができる市”を実現するスマートシティ構想を検討し,D市へ提言した。地域が一体となって,農水産業資源や自然観光資源を生かしたサービスを提供しD市の魅力を高めることで,人口の増加を図り,地方創生を目指す。
E社は,スマートシティ構想の取組では,農水産業や観光といった様々な分野の環境変化に対応することや,継続的に各分野が協調する必要があると考えている。そのため,スマートシティ構想で活用するITは,変更や拡張が容易で,分野間のデータ連携が可能な仕組みとする必要があると考えた。
また,住民や観光客にサービスを更に利用してもらうためには,利用者ごとのニーズにより合致したサービスを提供する必要があり,そのためには利用者の属性情報,利用履歴情報,位置情報など(以下,利用者情報という)を同意に基づいて取得し,利用することが適切であると考えている。
そこで,E社は構想の実現に向けた第一歩として,E社が事務局となりD市の支援のもと住民や実需者,生産者,観光客を含めた実証実験(以下,PoCという)を行うための会議体(以下,PoC協議会という)を設置しアイディアを募集することとした。
〔PoC協議会の提言〕
PoC協議会は,D市の状況とアイディア募集の結果から,スマートシティ構想ではITを活用し,各分野が協調して地産地消や魅力的な情報発信などを行うことで地方創生を推進するサービスが必要であるとD市に提言した。サービス実現に向けては,地域オペレーションシステムとして,スマートシティプラットフォームの整備が必要との認識で一致した。
スマートシティプラットフォームの概念図は,図1のとおりである。スマートシティプラットフォームの上に地方創生を推進するサービスを提供するアプリケーションシステム(以下,アプリという)を実装する。
(1)APIゲートウェイ層
APIゲートウェイ層は,APIをオープンAPIとして公開する機能を提供する。各APIは,アプリから受け取ったリクエストを適切な共通機能や標準データ基盤にルーティングする。これによってアプリは,共通機能や標準データ基盤の内部仕様を意識せずに構築できる。
(2)共通機能層
共通機能層は,認証やID管理,API管理や開発基盤,オプトイン管理など,アプリが共通で利用する各機能を共通機能として提供する。オプトイン管理は,利用者情報の取得・利用に係る同意を管理する機能である。
(3)標準データ基盤層
標準データ基盤層は,アプリで発生したデータの管理やアプリ間のデータ連携を行う機能を提供する。
〔PoCの実施〕
PoC協議会は,募集したアイディアの中から,PoCによって実効性を評価する対象として次の三つのアプリを選定し,スマートシティ構想実現に向けた第一歩とすることとした。なお,募集したアイディアの中には,行政システムとのデータ連携によって地方創生を推進するものもあった。PoC協議会は,将来的には行政の動きも踏まえつつ,今回のPoCの結果も考慮した上で,具体的に行政システムとのデータ連携も検討し,D市に提言する必要があると考えている。
(1)コミュニティアプリ
農村部,観光部,都市部の住民,観光客の間で意見交換や情報共有を行うアプリである。PoC実施に当たり,コミュニティアプリに意見の登録や交換をするスレッドを,PoCを実施するアプリごとに用意し,アプリの利用者間のコミュニケーションを活性化する。
(2)地産地消コーディネートアプリ
生産者と実需者をつなぎ,需要と供給をマッチングするアプリである。生産者は,自らの属性情報,農水産物の画像や特徴などを,実需者は,自らの属性情報,店舗の画像や特徴,料理に使う材料や必要量などを地産地消コーディネートアプリへ登録する。
地産地消コーディネートアプリは,実需者のニーズ情報と,生産者が提供する農水産物の情報をマッチングし,候補となる生産者・実需者の組合せを選び出し,生産者・実需者それぞれへ通知する。実需者は,通知された情報の中で気に入った農水産物があれば地産地消コーディネートアプリで購入することができる。また,生産者も実需者に対し,追加の農水産物の提案ができる。
(3)レコメンドアプリ
利用者情報や利用者の入力情報からAIが利用者の想定される利用目的を判断し,その目的に合った情報をレコメンドするアプリである。実需者が自身のサービスを登録する。大都市圏から来る観光客をメインに,広く市内外の利用者に使用してもらうことを想定している。
観光目的の場合は,おすすめの観光スポットや宿泊施設,飲食店などへの最適なルートや平均的な所要時間などがレコメンドされる。利用者は気に入ればレコメンドアプリから宿泊施設や飲食店の予約ができる。
農水産業体験やリモートワークなどの滞在目的の場合は,滞在可能な宿泊施設や体験可能な農水産業,コワーキングスペースなどがレコメンドされる。利用者は気に入れば,レコメンドアプリから予約をすることができる。