A 社は,ブログやコミュニケーションサイト,ソーシャルメディアに関連するアプリケーションソフトウェアの提供などのソーシャルネットワーキングサービス(以下,SNS という)を運営する企業で,A 社の会員とともに A 社を取り巻くデジタル空間内の経済活動(以下,A 社経済圏という)を拡大する経営方針を掲げている。A 社は,主にスポンサー企業からの広告収入,会員からの課金収入,提携企業へのマーケティングに関するデータ提供サービス事業の収入がビジネスの柱になっている。近年,積極的な M&A を行い,プリペイド型の電子マネーを扱う電子決済サービス事業,暗号資産取引サービス事業などを獲得し,SNS を中核にしてサービスの種類を拡張させてきた。
A 社の会員は,A 社の SNS を利用して,デジタルコンテンツを参照したり電子マネーを利用したりする。それだけでなく,デジタルコンテンツを活用した投稿や評価コメントの投稿など,積極的に情報を発信(以下,貢献活動という)して,A 社のサービスの活性化や発展に貢献してくれている。そこで,A 社は会員との互恵関係を強化することで,A 社経済圏を拡大する新たな IT 戦略を検討することとし,現状の課題を分析した。
〔A 社が抱える課題〕
A 社は,会員との互恵関係の状況を把握する重要な経営指標として,会員の SNS 利用におけるアクティブ会員数の月間伸び率(以下,MAU 伸び率という)を測定している。しかし,最近は,サービスの種類を拡張しているにもかかわらず,MAU 伸び率は鈍化している。このまま鈍化の傾向が続いていくと,スポンサー企業や提携企業からの収入に影響するだけでなく,IT 戦略の前提にも影響があると A 社は考えている。
A 社は,会員が行った貢献活動に対して,A 社サービス内で使えるポイントを付与する仕組みによって顧客体験価値(UX)を高めている。しかし,現在の仕組みでは,M&A で新サービスを獲得した場合,そのサービスの既存のポイント付与システムを,都度 A 社システムと連携させて動かしているので,A 社システム全体への影響を調査し,対応を検討して,慎重に進める必要があり,拡張は容易ではない。今後は,A 社サービス共通に使えるポイントを所定の条件を満たせばすぐに付与したいが難しく,会員が期待する UX をタイムリーに提供できていない。このことが,MAU 伸び率を鈍化させている原因と A 社は認識している。
A 社は,会員が行った貢献活動に関する所定の条件が満たされれば,A 社サービス共通に使えるポイントがすぐに付与される仕組みを提供することで UX を高め,顧客の囲い込みを図ることができると考えている。
そこで A 社は,ブロックチェーンの技術を応用し,改ざんや取引履歴の削除が困難な自律分散システムであるプライベート型のブロックチェーンネットワークを構築し,A 社経済圏の拡大を実現する IT 戦略を立案することにした。
〔新しいポイント付与システム〕
A 社は,プライベート型のブロックチェーンネットワークを活用して,貢献活動を行った会員に対して,迅速に,公正で,より魅力的なポイント付与の仕組みを構築して,MAU 伸び率を改善することを計画した。
A 社は,新たなサービスを獲得した際にも,会員の貢献活動に関する所定の条件に応じてポイントを自動的に付与するための検討を行った。A 社は,ブロックチェーンに,設定されたルールに従って取引を自動的に実行するスマートコントラクトを組み合わせたポイント付与システムを構築することとした。スマートコントラクトは,ルールを事前にプログラムとして実装する仕組みであり,会員の貢献活動に関する所定の条件が満たされれば,ポイントを付与するプログラムが自動実行され,ポイントが自動的に付与される。サービス間を横断するキャンペーンなどの複雑な条件判定が必要な場合でも,自動的にポイントが付与される仕組みを実現できる。
A 社は,会員が,付与されたポイントを A 社の全ての有償サービスに利用したり,会員同士で贈呈したりできるようにする。さらに,プリペイド型の電子マネーを扱う電子決済サービスと連携し,A 社経済圏の外部でも使える専用のコインへの交換を可能にすることにした。この交換によって,外部の経済圏と連携できるようになり,A 社の各サービスの中でもポイントの流動化が促進され,会員との互恵関係が強化されると考えた。
〔信頼度スコアによる監視の仕組み〕
A 社は,SNS 上の様々な会員の行動から信頼度スコアを記録し,それを基に会員向けに信頼度ランクを公開している。具体的には,会員の投稿の閲覧数やコメント投稿数などを定量化して記録するものである。信頼度スコアの高い会員には,ポイントの付与率を高く設定する仕組みがある。また,A 社は,会員に対してガイドラインを定めており,コミュニティ内における過度な中傷などの重要なトラブルについては,会員からの通報や AI 検知による監視によって,加害者への注意喚起やアカウント停止などを行う仕組みで対処してきた。A 社は,信頼度スコアの仕組みと監視の仕組みを連携させて,会員が安心して SNS を楽しめる仕組みを提供することで,更なるコミュニティの活性化を図ることとした。
〔マーケットプレイスの構築〕
A 社は,具体的な取組を進めていく際に,自社の SNS 上の公式アカウントを使って議論や情報交換を行うコミュニティを立ち上げて,会員同士で様々な意見を取り交わしてもらいながら会員の声を吸い上げた。
その結果,A 社の会員には,デジタルコンテンツをより利活用したり,貢献活動に対してさらに充実した特典を獲得したり,同じ趣味嗜好をもった会員同士でもっと簡単に交流したいニーズがあることが分かった。
これらのニーズに対して A 社は,プライベート型のブロックチェーンネットワーク上でデジタルコンテンツに唯一性を付与する非代替性トークン(以下,NFT という)を活用することにした。A 社は,自社や提携企業がもつ画像や音声などのデジタルコンテンツのメタデータが含まれる NFT をポイントで取引できるマーケットプレイスを構築して,会員が,アート,写真,イラスト,音楽などの様々なジャンルの NFT を取引できるようにする。
①NFT には,独自にスマートコントラクトを実装できるので,単純な NFT 取引だけでなく,A 社からコミュニティへの参加権や限定商品の購買権の付与など,柔軟な特典の提供が可能である。
また,NFT では一般的に,一次流通の際に著作者に収益の還元を行うが,A 社は,独自に実装したスマートコントラクトを用いて転売などの二次流通においても,その収益の一部を著作者に自動的に還元する仕組みを構築することにした。
マーケットプレイスにおいては,会員に対して,所有する NFT や取引するためのポイントを管理するウォレット機能,所有する NFT を出品する機能,NFT を購入する機能を提供する。A 社は,マーケットプレイスの機能の提供によって,ポイントを獲得するための会員の貢献活動や,NFT を取引するための会員同士の交流が活発になり,スポンサー企業や提携企業からの収入にも波及して,A 社経済圏が成長していくと考えた。
A 社は,NFT の取引履歴やスマートコントラクトの実行履歴などを収集し,匿名化した上で趣味嗜好などの傾向を可視化しようと考えている。A 社はこのブロックチェーンの特性を生かして,可視化したデータを用いて提携企業とのビジネスの拡大も企画した。