M 社は,工作機械の組立製造を事業とする中堅の上場会社であり,本社とそれに隣接する工場から成る。
〔M 社の状況〕
M 社は自動車製造会社など,長年取引のある複数の顧客をもち,業績は安定している。また,資材の仕入先とは強いつながりを保ったグループを形成して,これまで資材の仕入れが滞るようなことはなかった。
しかし,近年では,気候変動が原因とみられる風水害などでサプライチェーンが寸断され,資材が不足して製品製造が遅滞するなど業績の不確実性が高まっている。さらに,仕入れた資材に含まれる部品を製造した工場などで強制労働や人権侵害などの問題があれば,1 次仕入先でなくとも,顧客からの取引停止や風評被害による業績への影響も懸念されるようになってきている。また,株主や顧客などのステークホルダからは,気候変動や経済格差などの環境や社会に起因する事業リスクを考慮した事業の継続性について関心をもたれている。
M 社では,これまでも金利や為替の変動,輸入原料の市況変動,製品イノベーションの進展による市場変化などの事業リスクとその対応に関して,国のガイドラインに準じてサステナビリティレポートを毎年公表してきたが,新たな事業リスクも含め自社の実状に応じてより踏み込んだ報告が必要になっていると考えている。
〔仕入れの問題点〕
M 社の製品は多くの部品から構成されており,組立てや塗装では石油系溶剤を利用しているので,資材の仕入先は多岐にわたる。また,1 次仕入先から納品される資材はさらに 2 次仕入先の資材から構成されているなど,サプライチェーンは長く複雑になっている。M 社と仕入先各社では,サプライチェーンの寸断を防ぐために,一つの資材を複数の事業者から仕入れてきた。しかし,近年,パンデミックによる海外の工場の操業停止に伴い半導体関連の資材全般が品薄状態になり,M 社でも半導体とは直接は関係しない資材の仕入れも不安定になった経緯がある。M 社としては,どのような状況でも製造が停止しないよう,サプライチェーンに関わる事業者でグループを組織し直し,サプライチェーン全体を通して安定的に資材を仕入れられる代替方法の確保をする必要があると考えている。
〔サステナビリティの取組における問題点〕
M 社では,これまで,環境対策として,製造工程の見直しや,工場電力の再生可能エネルギー化によって,炭素排出量の削減を図ってきた。製品全体での炭素排出量を算定する最近の動向から,仕入先と共同して炭素排出量削減に取り組むために,M 社でも資材の炭素排出量を含めて削減目標を設定しており,社外からも一定の評価を得ている。
仕入先である事業者は,それぞれ独自に温暖化シナリオの前提条件と計測指標を設定し,炭素排出量・削減目標を算定してステークホルダに報告している。M 社では,1 次仕入先からの報告内容を基にして,M 社指標に合わせて算定し直してサステナビリティレポートを作成している。1 次仕入先でも,2 次仕入先からの報告内容を基に算定し直している。2 次仕入先以降についても同様である。M 社としては,現状では,サプライチェーン全体での炭素排出量・削減目標を正しく算定できていない可能性があると考え,全ての事業者の取組状況を把握することで,サステナビリティレポートの信頼性を確保したいと考えている。
M 社が開示しているサステナビリティレポートの報告内容には,社内システムで登録されている一部のデータの出力・集計ができないことから,人事,財務,生産・在庫管理の各部門が手作業で集計している結果が含まれる。集計時期は期末の業務繁忙期に当たるので,集計に時間が掛かるとともに,各部門の担当者の異動によって集計されるデータの対象や範囲が都度変動してしまい,報告結果の精度が一定に保たれていないおそれがある。
〔ESG 経営の取組〕
M 社では,サステナビリティへの取組をさらに推進するために,ESG(環境・社会・企業統治)を重視した経営を実践することにした。これによって,中長期的な事業リスクとその対応を進め,経済的及び社会的な企業価値の向上を目指す。これに合わせて,サステナビリティレポートについては ESG の観点に沿って見直し,炭素排出量・削減目標,M 社と仕入先の人権・労働衛生安全の情報,内部統制インシデント情報などの項目を追加し,より踏み込んだ報告を行う。
〔M 社システムと情報システム戦略の策定〕
M 社の主なシステムには,生産管理・在庫管理を行う工場システムのほか,財務システム,購買システム,人事システムがある。
M 社のシステムは,子会社の S 社が開発・保守・運用を担当している。S 社は,M 社で得たノウハウを活用して生産管理システムなどを外販している。また,ブロックチェーンを使い,データの真正性を維持しセキュアに共有できるようにした信用状や取引契約関連の電子化システム(以下,BC システムという)も開発し外販している。
M 社は,現状の事業リスクに対応し,業績の確実性を高めるために,S 社の支援を受けて,次の内容を含む全社の情報システム戦略を策定することにした。
- ① サプライチェーン管理システム基盤(以下,SC 基盤という)の新規開発
- ② 購買システムの改修
- ③ サステナビリティレポート作成システム(以下,レポートシステムという)の新規開発
システム整備後のイメージを図 1 に示す。
〔SC 基盤の新規開発〕
サプライチェーン全体での資材の受発注取引を管理するプラットフォームとして,SC 基盤を新たに開発する。SC 基盤の参加事業者は,受発注取引の都度,資材品目と受発注額を記録するほか,各仕入先で製造に使用する原材料品目と数量,製造地,及び納品物在庫量を登録する。また,各仕入先は,年次で,自社の炭素排出量・削減目標,その算定の前提条件と計測指標を SC 基盤に登録し,M 社と協議して ESG への取組推進を図る。零細企業などで SC 基盤への参加に難色を示す仕入先に対しては M 社が事業支援を行い,サプライチェーン全ての仕入先が何らかの形で ESG の取組に参加できるよう計画する。
SC 基盤の開発では,BC システムを活用し,その機能をクラウドコンピューティングサービス基盤に移設して実現する。SC 基盤に登録されたデータへの参照値をブロックチェーンに登録し,そのハッシュ値を QR コードにして資材に貼付することによって資材のトレーサビリティ確保や偽装防止などを実現する。
〔購買システムの改修〕
購買システムでは,SC 基盤のデータから,製品に必要な全ての資材の所要量を関連付けた表(以下,サプライチェーンマトリクスという)を作成できるよう改修する。サプライチェーンマトリクスからは,製品に必要な資材や,その資材の製造に必要な資材が分かる。受発注の状況などから,特定の事業者からの供給が停滞するリスクが検出された場合,サプライチェーンマトリクスを活用して,サプライチェーンの組替えを提案する機能を開発する。
〔レポートシステムの新規開発〕
レポートシステムはサステナビリティレポートの作成を支援する。レポートシステムは,SC 基盤のデータを参照するほか,工場システム,財務システム,人事システムと API で連携してデータ収集する仕組みにして,各部門での手作業での集計業務を不要にする。
併せて,工場システム,財務システム,人事システムにレポートシステムと連携する機能を追加開発する。