E社は,本社と全国に五つの営業所をもつ中堅の建設事業者であり,主に系列の鉄道会社から土木一式工事を請け負っている。工事内容には,一般の建設工事のほか,一部鉄道事業に特化した軌道や土木構築物に関する工事を含んでいる。E社では,営業,設計,見積り,施工管理といった事業運営に関する基幹システムが稼働しており,E社の情報システム部が,基幹システムの運用と管理を行っている。
E社では,現場作業員の人手不足が深刻化していて,DXに取り組むことによって,長時間労働の常態化や深夜作業といった過酷な労働環境を改善することが経営課題となっている。ICTを活用した働き方改革や業務改革を推進する役割は,情報システム部が担っている。
〔営業所の課題〕
営業所では,工事全体の工程,品質及び安全を管理し,各現場での作業をスムーズに進めるための施工管理を行っている。現在,営業所には図1に示す課題がある。
図1 営業所の課題 (課題1)現場責任者は,毎朝営業所で基幹システムによって作成される工事計画表を紙に出力して現場に持参し,1日の作業管理を実施している。作業進捗の基幹システムへの反映は,現場責任者が営業所に戻ってから実施する。1日の途中で工事関係者が基幹システムを使って即時性のある情報を閲覧できないので,当日の工事の進捗確認は,電話などで対応することが多くなり,課題となっている。 (課題2)現場作業員は,会社が貸与する業務用スマートデバイス(以下,携帯SDという)を使って,工事の進捗状況を記録するための写真を,現場で撮影している。現場作業員は,毎日営業所に戻ってから,現場で撮影した写真を基幹システムのサーバに格納して,報告書をまとめる作業(以下,報告作業という)を行っており,報告作業の大半が残業時間となっていた。現場作業員の残業時間の多さが課題となっている。 (課題3)営業所員は,施主に,工事の進捗を報告している。営業所員は,月に一度,基幹システムの施工情報や報告情報などを使って,手作業で施主向け報告書を作成する。営業所員の施主向け報告書の作成に掛かる工数が多く,課題となっている。
〔改善策の検討〕
営業所の課題を受け,情報システム部はITサービスマネージャのF氏を中心に,次の改善策を検討した。
全ての携帯SDに専用のアプリケーションソフトウェア(以下,専用アプリという)を配付する。 現場責任者にも携帯SDを貸与した上で,携帯SDから工事計画表の閲覧・更新を可能にする。 作業員が現場で撮影した写真のアップロード及び報告作業を,携帯SDを使って営業所以外の場所からでも実施可能とする。 施主向け報告書に必要な情報加工作業をシステム化する。
F氏は,改善策に適した建設事業者向けの業務管理パッケージ(以下,Gシステムという)を導入し,新サービスとして提供する検討に入った。
Gシステムは,建設業界で多くの導入実績をもつG社が販売する業務管理パッケージであり,利用者が運用する基幹システムと連携可能なインタフェースをもつ。Gシステムの機能を用いてE社が実現したい内容は次のとおりである。
(1)現場向け機能:インターネットを使って,携帯SDからGシステムを経由して,基幹システムの各種情報操作を可能にする。
(2)施主向け機能:基幹システムの施工情報を編集し,施主向けに情報提供する。
Gシステムの利用者は,利用者IDとパスワードを入力してログインすると,利用権限に応じた機能が利用可能となる。Gシステムは,保守時間帯以外は常に利用可能であり,全ての操作履歴を利用者IDとともにGシステムのログファイルに記録する。システム構成図を図2に示す。
〔新サービスの提案〕
F氏の検討を受け,情報システム部は,DXの取組となる新サービスの提案資料を取りまとめ,Gシステムの導入及び運用に掛かる費用とともに経営会議に提案し,承認を得ることにした。新サービスによって期待される効果を表1に示す。
表1 新サービスによって期待される効果 Gシステムの機能 解決課題1) 期待される効果 (1)現場向け機能 課題1 課題2 現場の情報をリアルタイムで基幹システムに反映させることで,即時性の高い情報が閲覧できる。 現場責任者が現場から作業進捗の更新を行うことで,工事関係者は最新の情報が閲覧できる。 現場作業員が営業所に戻ることなく報告作業を行うことで,残業時間を抑制することができる。 (2)施主向け機能 課題3 営業所員が,基幹システムの施工情報などから手作業で施主向け報告書を作成し,提供していた作業が不要になる。 施主は,a ができる。
注1)解決課題に示す課題1〜3は,図1における課題1〜3に対応する。
経営会議で提案は承認されたが,情報システム部に三つの指示事項があった。
① 新サービスの導入は,経営課題の解決に貢献する。新サービスの導入による(ア)現場作業員への効果を定量的に測定し,報告すること
② 新サービスの展開で,現場に混乱がないようにすること
③ 全ての現場作業員に新サービスの利用が定着するようにすること
〔新サービスの準備〕
経営会議での承認を受け,F氏は新サービスの導入準備に着手した。新サービス開始以降は,情報システム部がサービス運用を担当し,社内からの各種問合せ対応及びインシデント対応を行う。また,現場に混乱がないように,F氏は,Gシステムの専門知識をもつG社要員による初期サポートが必要と判断した。そこで情報システム部とG社との間で,次の取決めを行い,
(イ)初期サポートの契約 を行った。
初期サポートとして,表2に示すサポート内容を行う。 新サービスの展開1週間前から展開3週間後までの4週間の初期サポートを実施する。 表2の完了基準を設け,サポート終了の1週間前時点でサポート内容の状況を測定し,全ての完了基準を満たしていれば予定どおりに初期サポートを完了する。ただし,項番3が完了基準に満たない場合,項番3のサポート終了日を1週間延長し,サポート終了の1週間前時点で再度状況の測定を行う。
表2 初期サポートのサポート内容と完了基準 項番 サポート内容 完了基準 1 利用者マニュアルの提供 利用方法説明会までの納品 2 利用方法説明会の開催 展開までに開催完了 3 インシデントの解決 未解決インシデントなし
初期サポート期間中は,専門知識をもつG社要員が情報システム部に常駐して初期サポートを行う。新サービス展開から初期サポート完了までの間,G社の初期サポート要員は,インシデント対応を行い,解決したインシデントについては,その都度,情報システム部の要員に報告を行う。
〔新サービスの展開〕
新サービスの展開は,社内業務への影響と運用側の負荷を考慮し,2段階方式で行うこととした。第1段階は本社と東京営業所に,第2段階はその他四つの営業所を含む全社に,展開することとなった。
第1段階の展開開始の1週間前から,利用者に対する利用者マニュアルの提供が開始され,利用方法説明会が開催された。また,現場作業員の携帯SDには専用アプリが配付された。説明会では,利用者マニュアルに記載された用語の意味が分からず,内容が理解できないという声が多く上がった。システムを使い慣れていない作業員が理解できない専門用語が,利用者マニュアルにそのまま用いられていたことと,鉄道事業に特化した工事で使われている用語で記述されていないことが原因と考えられた。
利用方法に関する同様の問合せは,説明会の後もしばらくの間続いたが,G社の初期サポートの対応によって,問合せの9割以上は即時に解決していた。しかし,F氏は,第2段階の展開開始までには,次の対応を速やかに実施する必要があると考えた。
利用者マニュアルの内容をb すること Gシステムの利用方法についてのよくある問合せを,利用者が自ら解決できるようFAQとして整備し,社内PC及び携帯SDから検索できるようにすること
F氏は,“FAQの材料として過去に他社でGシステムを導入した際に発生した,利用方法についてのよくある問合せの提供”をG社に依頼し,G社は,よくある問合せの一覧表をF氏に提供した。F氏は,E社現場の特性を踏まえて,受領した一覧表の内容に対して
(ウ)必要な追加 をしてFAQを社内に展開した。
〔全社への展開と定着の確認〕
情報システム部は,新サービスの第1段階展開の2週間後,問合せに対する対応が完了したのを確認して,1か月後に第2段階として新サービスの利用を全社に展開した。第1段階展開のときと同様,システムを使い慣れていない一部の利用者からは,問合せがあったが,FAQの効果もあり,全社展開はスムーズに行われた。
新サービスの全社展開から1か月が過ぎた頃,F氏は,新サービスの利用状況を確認するため,
(エ)必要な情報 を収集した。その結果をGシステムの利用者情報に照らし合わせたところ,本来利用すべき現場作業員のうち,8割程度の要員は新サービスを利用しているが,2割程度の要員は新サービスを利用せず,依然として営業所で報告作業を行っていることが分かった。
F氏は,新サービスの定着には,現場作業員の声を拾う必要があると考え,新サービスを利用している要員と利用していない要員のそれぞれに対して,ヒアリングを実施した。その結果,“システムのユーザビリティが悪く操作しづらい”,“操作方法が分からない”,“営業所での報告作業が習慣化している”といった意見が上がった。F氏は,ヒアリングで上がった意見について,新サービスを定着させる上で深刻度が高い阻害要因があると考え,
(オ)経営層から支援をもらい,現場に対する説明会を開催 することとした。