Y 社は,動画解析サービスを専門とするスタートアップ企業であり,5 年前に情報系大学の教授とその研究室メンバーが起業した。創業以来,順調に実績を伸ばし,母体となった大学の卒業生を中心に優秀な開発技術者を多数抱えている。Y 社は,動画解析技術の専門性を生かして,今後 5 年以内の IPO(株式上場)を目指している。
〔Y 社の特徴〕
Y 社の特徴は次のとおりである。
(1) Y 社のサービス
- Y 社は,次のような AI 関連技術をベースにした動画解析サービスを提供している。
- 人の顔を認識して特定する顔認識
- 人や物体を判別する物体識別
- 人や物体などの動きを検知する行動検知
- 人や物体を検出してその数をカウントする数量計測
- Y 社のサービスは,クラウド上に構築され,顧客が動画をアップロードして動画解析を実行できる機能や,スマートフォンを含む様々なデバイスからサービスにアクセスすることによって,アップロードした動画や動画の解析結果を確認できる機能がある。
- Y 社のサービスにおけるアクセス権管理には,初期パスワードの強制変更,アクセス可能デバイスの登録,二要素認証などの機能がある。
- Y 社のサービスでは,サービスの利用ごとに課金している。今後,頻繁にサービスを利用する顧客向けに定額課金制の導入を検討しており,そのためには契約管理システムの改修が必要である。
(2) Y 社の強みである AI 関連技術
- 動画の中で事前に設定した条件に該当するシーンを識別する技術
- 個人のプライバシー侵害への対策として特定の範囲及び無関係の人や物体をマスキングする技術
〔Y 社の成長戦略と市場調査〕
Y 社は 5 年以内の IPO を実現するための成長戦略として,順調に実績を伸ばしている動画解析サービスの領域を拡大し,新たなビジネス領域の開拓を目指すこととした。
Y 社は,新たなビジネス領域の候補として,昨今のセキュリティ意識の高まりを受けて市場が拡大を続ける監視カメラを中心とするネットワークカメラ市場に注目した。
Y 社が市場調査を行ったところ,次のようなことが分かった。
現在は,監視カメラで録画した動画を後で確認する方式が一般的である。人手によってリアルタイムに確認することは可能であるが,人件費が掛かるので資金力のある大手企業などでしか採用できない。しかしながら,小規模な企業や家庭でもリアルタイムに動画を確認して防犯などにつなげたいという声が増えている。また,工場出荷時に設定されたパスワードをそのまま使っている監視カメラが不正アクセスを受けて動画が流出する事例が発生し,社会問題となっている。
加えて,製品カテゴリ別には次のような課題やニーズがあることを把握した。
(1) 施設向け製品
- 監視カメラで撮影された動画は人手によって確認しているので,人員が制約となって監視カメラの台数を増やせない施設では,限られた人員でも対応できるように異常を自動で検知して通知してほしいというニーズが多い。
- 敷地の外が撮影範囲になってしまうと個人のプライバシー侵害のリスクが大きいので,設置場所が制限されてしまい,死角ができてしまうおそれがある。
(2) 警備業界向け製品
- 現場で職員の制服に"防犯カメラ作動中"と表示した上で,装着したウェアラブルカメラで音声付き動画を撮影し,トラブル抑止と証拠保全を行っている。
- 既存のウェアラブルカメラで撮影した音声付き動画は,ネットワーク負荷の問題から遠隔地へのリアルタイム配信及び確認は普及していない。遠隔地でリアルタイムに現場の音声付き動画が確認できれば,遠隔地から現場へより適切な対応指示ができるという声が多い。
(3) 家庭向け製品
- 一般家庭では,監視カメラで撮影された動画を人手によってリアルタイムに確認することは困難なので,監視カメラが通常と異なる人や物体の動きを検知した時に通知を受け,スマートフォンなどで確認や対応を行いたいというニーズがある。
- 最近では,指定された場所に荷物を置いて配送を完了する非対面配送(以下,置き配という)も増えている。一方で,置き配を積極的に利用したいが,盗難にあわないか不安があるので,監視カメラによる対応を期待するという声が多い。
Y 社は,ネットワークカメラ市場の市場調査を基に課題やニーズの分析を行った結果,監視カメラに自社の得意分野である動画解析サービスを組み込んだ監視サービスを提供することによって,ネットワークカメラ市場を新たなビジネス領域として開拓できると考え,成長戦略の実現方法を検討した。
〔成長戦略の実現方法〕
Y 社は,“動画解析技術を通じて社会の安全安心に貢献する”を基本理念として,次の施策を実施する。
(1) 施設向け監視カメラの異常検知・通知サービスの提供
監視カメラで撮影した動画をリアルタイムで解析し,異常を自動検知して通知するサービス
(2) 警備業界向けウェアラブルカメラのネットワーク接続サービスの提供
ウェアラブルカメラをネットワーク接続し,撮影した音声付き動画を遠隔地で確認できるサービス
(3) 家庭向け監視カメラのリアルタイム監視・置き配対応サービスの提供
住宅用監視カメラを Wi-Fi 経由でインターネット接続することによって,リアルタイム監視・通知機能,スマートフォンなどによる確認・対応機能,置き配に対する防犯機能を提供するサービス
Y 社の経営陣は,これらのサービスを提供できれば,Y 社がネットワークカメラ市場において成功することは可能であると結論付けた。しかし,競合他社となりうる動画解析ベンダーがネットワークカメラ市場へ参入してくることは十分考えられることから,Y 社は,迅速な市場参入が必要と考えた。
成長戦略実現へ向けて Y 社内で新サービス実現のシナリオを検討した結果,低いネットワーク負荷で動画を送信するための高度な動画圧縮技術をもつ中堅の監視カメラメーカーの U 社と業務提携することを基本方針とした。U 社は,U 社製の監視カメラを導入した顧客から動画解析について相談された際,Y 社に問い合わせたところから取引が始まり,今では,動画解析の業務を継続的に Y 社へ発注している企業である。一方で,U 社では,近年,競合他社や類似製品の登場によって売上げが横ばいとなっていた。
Y 社と U 社それぞれの経営陣は,協議を重ねた結果,この業務提携は Y 社と U 社双方にメリットがあると結論付け,Y 社と U 社による新サービス提供に関する業務提携契約の締結を行った。
〔新サービスの開発〕
Y 社と U 社は,協議の上で新サービスの提供開始予定日を決定し,新サービスを予定どおりに市場へ提供開始することが重要であることを申し合わせた。Y 社は,新サービスの開発に着手し,新サービスを図 1 のように構成することとした。
新サービスの開発に際して,Y 社は次の対応を行うこととした。
- 全ての監視カメラ製品に対して,①個人のプライバシー侵害を防止するための機能をもたせる。また,②Y 社のアクセス権管理機能を監視カメラに適用できるようにする。
- 家庭向け監視カメラに対して,③Y 社の保有する物体識別と行動検知の AI 関連技術を活用した置き配に対する防犯機能として,特定の状況を検知し,スマートフォンなどへ通知したり警告音を発したりする機能をもたせる。
- 動画のデータは全て Y 社のサービス内で管理して監視カメラの台数に応じた④定額課金制とすることとし,そのための準備を行う。