A 社は,主に首都圏の顧客を対象としたタクシー会社で,約 3,000 台の車両を保有している。タクシー業界ではドライバの雇用環境を守る観点から増車が制限されており,昨今の A 社の収益は横ばいとなっている。A 社は,こうした事業環境の中でも収益を伸ばすために,顧客が乗車した状態(以下,実車という)で走る距離の走行距離全体に対する割合である実車率の向上,及び顧客の利便性の向上に取り組む目的で,IT を活用した新サービスを検討することにした。
〔新サービス検討の背景〕
A 社の売上げの多くは,顧客が乗車していない状態(以下,空車という)で走らせて顧客を獲得する流し営業によるもので,ドライバの経験やノウハウによって,実車率にばらつきがある。そこで,A 社は,現状を把握するために,顧客へのアンケート調査とドライバへのヒアリング調査を行った。
顧客へのアンケート調査では,次に示す状況に不満足を示す回答が多かった。
- 駅前などのタクシー乗り場へ行かないと,タイミングよくタクシーを拾えない。
- 目的地によっては,顧客自身が道順を指示しなければならない。
- 支払方法が限られている。
ドライバへのヒアリング調査では,次に示す回答が多かった。
- 駅前などのタクシー乗り場は,空車が集中して効率よく顧客を獲得できない。
- 目的地をカーナビゲーションシステムに登録する場合に手間が掛かり,顧客を待たせてしまう。
- 顧客が希望する決済手段に対応できず,乗車してもらえないことがある。
こうした調査結果から,A 社は,IT を活用して流し営業の実車率の向上と顧客の利便性の向上を実現するデジタルトランスフォーメーション(DX)による新サービスを提供することとなった。
〔A 社の新サービス〕
新サービスでは,顧客がスマートフォン(以下,スマホという)からタクシーを呼ぶことができ,多様な決済手段で乗車料金を支払うことができる。また,ドライバが車載タブレット端末から,顧客を獲得できる可能性(以下,実車確率という)の高い地域の情報を確認することができる。
A 社が新サービスを提供するために構築した,ビッグデータと AI を活用できるサービスプラットフォームを図 1 に示す。また,サービスプラットフォームに連携するドライバ用と顧客用のアプリケーションソフトウェア(以下,アプリという)を開発した。ドライバ用の車載タブレット端末アプリ(以下,車載アプリという)では,各種ビッグデータ情報を確認でき,また,顧客がスマホから予約した注文を受け付けることができる。顧客は,スマホ向けに開発した配車マッチングサービスアプリ(以下,配車アプリという)を使って予約注文することができる。
〔車載アプリとサービスプラットフォームの連携〕
サービスプラットフォーム上で行われる分析では,外部データである地図情報,気象情報,渋滞情報,交通情報,イベント情報なども取り込んだ分析が行われ,AI を活用した需要予測を行う。
需要予測サービスでは,車載アプリの地図情報に実車確率が高い場所が分かるよう色分けを表示する。また,車載アプリ上の色分けされた地図情報には,他の空車の位置情報も表示される。分析結果及び空車の位置情報はリアルタイムに更新され,ドライバは,常に最新の実車確率の高い場所を判断できる。
空車のドライバは,顧客の予約した注文情報を車載アプリで確認して,予約・注文サービスから注文を受け付ける。顧客が受付の内容を確認して注文を確定した場合は,ドライバは顧客をピックアップし,顧客に確定した注文の内容を確認した上で,車載アプリに表示される走行ルートをたどって,注文された降車地点まで運行する。
また,サービスプラットフォームには,多くの決済サービスが利用できるよう,各種決済接続サービスを提供する。これは,クレジットカードのほか,カード型電子マネー,QR コード決済,スマホ非接触決済といった決済サービスと接続できる環境を構築し,車載アプリ経由で各種決済サービスとつなぐことができる。
〔配車アプリとサービスプラットフォームの連携〕
A 社が提供する配車アプリでは,顧客が乗車地点と降車地点を指定できる。顧客が乗車地点を指定しない場合は,顧客のスマホの現在地の情報が自動設定される。空車検索サービスは,顧客の乗車地点と渋滞情報などの外部データを基に,最も早く乗車地点に到着できる空車を検索して特定する。時間・料金予測サービスは,到着までの待ち時間と,降車地点までの乗車時間及び目安料金の予測を行い,配車アプリに表示する。顧客は配車アプリの表示内容を確認した上で,注文を予約することができる。さらに,AI が,蓄積されたビッグデータを用いて,予測と実績のかい離を分析するとともに,多くの外部データから抽出された特徴量の組合せを変えることで,予測の精度を向上させていく。
〔課題と対応策〕
サービスプラットフォームをリリースした後,再び顧客へアンケート調査を行った。顧客から多かった不満足な点は,地域によって空車検索サービスにおいて空車が配車アプリに表示されず,タクシーを呼べないことであった。A 社は,この点について,地域によっては,配車可能な車両台数が少ないことが原因で,空車が配車アプリに表示されないと分析した。A 社は,この課題を解決することで,配車アプリの利用者を増やし,A 社の顧客も増やそうと考えた。
A 社が単独で増車することは規制によって難しいことから,A 社は,改善のための対応策として,多様な決済手段を保有していない他のタクシー会社との提携を検討した。配車が競合しないように,A 社がもつ営業所から離れていて A 社からの配車が行き届かず,配車アプリに A 社の空車が表示されにくい地域を中心に運行しているタクシー会社と提携する。また,車載アプリを改修し,各タクシー会社の配車システムとの連携を可能にした上で,車載アプリ及びサービスプラットフォームの利用料を無償で提供して,提携先を多く確保する方針とした。提携会社が車載アプリとサービスプラットフォームを利用することによって,顧客は,配車アプリを利用しなかったとしても,これまでにないメリットを得ることができる。
A 社は課題への対応を行い,新たなサービスプラットフォームによる DX を本格的に進めることになった。