D社は,本社及び三つの支社を国内にもつ中堅の商社である。D社の社内システムは,クラウドサービス事業者であるG社の仮想サーバでWebシステムとして構築されており,本社及び支社内のPCからインターネット経由で利用されている。このたびD社は,グループ企業のE社を吸収合併することになり,E社のネットワークをD社のネットワークに接続(以下,ネットワーク統合という)するための検討を行うことになった。
〔D社の現行のネットワークの概要〕
D社の現行のネットワークの概要を次に示す。
(1)PCは,G社VPC(Virtual Private Cloud)内にある仮想サーバにインターネットを経由してアクセスし,社内システムを利用する。VPCとは,クラウド内に用意されたプライベートな仮想ネットワークである。
(2)本社と支社間は,広域イーサネットサービス網(以下,広域イーサ網という)で接続している。
(3)PCからインターネットを経由して他のサイトにアクセスするために,ファイアウォール(以下,FWという)のNAPT機能を利用する。
(4)PCからインターネットを経由してVPC内部にアクセスするために,G社が提供している仮想的なIPsec VPNサーバ(以下,VPC GWという)を利用する。
(5)FWとVPC GWの間にIPsecトンネルが設定されており,PCからVPCへのアクセスは,FWとVPC GWの間に設定されたIPsecトンネルを経由する。
(6)社内のネットワークの経路制御には,OSPFを利用しており,OSPFプロトコルを設定している機器は,ルータ,レイヤ3スイッチ(以下,L3SWという)及びFWである。
(7)本社のLANのOSPFエリアは0であり,支社1~3のLAN及び広域イーサ網のOSPFエリアは1である。
(8)FWにはインターネットへの静的デフォルト経路を設定しており,
①全社のOSPFエリアからインターネットへのアクセスを可能にするための設定が行われている。
D社の現行のネットワーク構成を図1に示す。
D社の現行のネットワークにおける各セグメントのIPアドレスを表1に示す。
表1 D社の現行のネットワークにおける各セグメントのIPアドレス| セグメント | IPアドレス | セグメント | IPアドレス |
|---|
| a | 172.16.0.0/23 | h | 172.17.0.0/25 |
| b | 172.16.2.0/23 | i | 172.17.2.0/23 |
| c | 172.16.4.0/23 | j | 172.17.4.0/23 |
| d | 172.16.6.0/23 | k | 172.17.6.0/23 |
| e | 172.16.8.0/23 | l | 172.17.8.0/23 |
| f | 172.16.10.0/23 | m | t.u.v.4/30 |
| g | 172.16.12.64/26 | n | 192.168.1.0/24 |
G社は,クラウドサービス利用者のためにインターネットからアクセス可能なサービスポータルサイト(以下,サービスポータルという)を公開しており,クラウドサービス利用者はサービスポータルにアクセスすることによってVPC GWの設定ができる。D社では,VPC GWとFWに次の項目を設定している。
- VPC GW設定項目:VPC内仮想セグメントのアドレス(192.168.1.0/24),IPsec VPN認証用の事前a,FWの外部アドレス(t.u.v.5),D社内ネットワークアドレス(172.16.0.0/16,172.17.0.0/16)
- FW設定項目:VPC内仮想セグメントのアドレス(192.168.1.0/24),IPsec VPN認証用の事前a,VPC GWの外部アドレス(x.y.z.1),D社内ネットワークアドレス(172.16.0.0/16,172.17.0.0/16)
〔OSPFによる経路制御〕
OSPFは,リンクステート型のルーティングプロトコルである。OSPFルータは,隣接するルータ同士でリンクステートアドバタイズメント(以下,LSAという)と呼ばれる情報を交換することによって,ネットワーク内のリンク情報を集め,ネットワークトポロジのデータベースLSDB(Link State Database)を構築する。LSAには幾つかの種別があり,それぞれのTypeが定められている。例えば,
bLSAと呼ばれるType1のLSAは,OSPFエリア内の
bに関する情報であり,その情報には,
cと呼ばれるメトリック値などが含まれている。また,Type2のLSAは,ネットワークLSAと呼ばれる。OSPFエリア内の各ルータは,集められたLSAの情報を基にして,
dアルゴリズムを用いた最短経路計算を行って,ルーティングテーブルを動的に作成する。さらに,OSPFには,
②複数の経路情報を一つに集約する機能(以下,経路集約機能という)がある。D社では,支社へのネットワーク経路を集約することを目的として,
③特定のネットワーク機器で経路集約機能を設定している(以下,この集約設定を支社ネットワーク集約という)。支社ネットワーク集約がされた状態で,本社のL3SW4の経路テーブルを見ると,a~gのそれぞれを宛先とする経路(以下,支社個別経路という)が一つに集約された,
e/16を宛先とする経路が確認できる。また,D社では,支社ネットワーク集約によって意図しない
④ルーティングループが発生してしまうことを防ぐための設定を行っているが,その設定の結果,表2に示すOSPF経路が生成され,ルーティングループが防止される。
表2 ルーティングループを防ぐOSPF経路| 設定機器 | 宛先ネットワークアドレス | ネクストホップ |
|---|
| f | g | Null0 |
注記 Null0はパケットを捨てることを示す。
〔D社とE社のネットワーク統合の検討〕
D社とE社のネットワーク統合を実現するために,情報システム部のFさんが検討することになった。Fさんは,E社の現行のネットワークについての情報を集め,次のようにまとめた。
- E社のオフィスは,本社1拠点だけである。
- E社の本社は,D社の支社1と同一ビル内の別フロアにオフィスを構えている。
- E社の社内システム(以下,E社社内システムという)は,クラウドサービス事業者であるH社のVPC内にある仮想サーバ上でWebシステムとして構築されている。
- E社のPCは,インターネットVPNを介して,E社社内システムにアクセスしている。
- E社のネットワークの経路制御はOSPFで行っており全体がOSPFエリア0である。
- E社のネットワークのIPアドレスブロックは,172.18.0.0/16を利用している。
情報システム部は,Fさんの調査を基にして,E社のネットワークをD社に統合するための次の方針を立てた。
(1)ネットワーク統合後の早急な業務の開始が必要なので,現行ネットワークからの構成変更は最小限とする。
(2)E社のネットワークとD社の支社1ネットワークを同一ビル内のフロアの間で接続する(以下,この接続をフロア間接続という)。
(3)フロア間接続のために,D社の支社1のL3SW1とE社のL3SW6の間に新規サブネットを作成する。当該新規サブネット部分のアドレスは,E社のIPアドレスブロックから新たに割り当てる。新規サブネット部分のOSPFエリアは0とする。
(4)両社のOSPFを一つのルーティングドメインとする。
(5)H社VPC内の仮想サーバはG社VPCに移設し,統合後の全社から利用する。
(6)E社がこれまで利用してきたインターネット接続回線及びH社VPCについては契約を解除する。
Fさんの考えた統合後のネットワーク構成を図2に示す。
Fさんは,両社間の接続について更に検討を行い,課題を次のとおりまとめた。
- フロア間を接続しただけでは,OSPFエリア0がOSPFエリア1によって二つに分断されたエリア構成となる。そのため,フロア間接続を行っても⑤E社のネットワークからの通信が到達できないD社内のネットワーク部分が生じ,E社からインターネットへのアクセスもできない。
- 下線⑤の問題を解決するために,⑥NW機器のOSPF関連の追加の設定(以下,フロア間OSPF追加設定という)を行う必要がある。
- フロア間接続及びフロア間OSPF追加設定を行った場合,D社側のOSPFエリア0とE社側のOSPFエリア0は両方合わせて一つのOSPFエリア0となる。このとき,フロア間OSPF追加設定を行う2台の機器はいずれもエリア境界ルータである。また,OSPFエリアの構成としては,OSPFエリア0とOSPFエリア1がこれらの2台のエリア境界ルータで並列に接続された形となる。その結果,D社ネットワークで行われていた支社ネットワーク集約の効果がなくなり,本社のOSPFエリア0のネットワーク内に支社個別経路が現れてしまう。それを防ぐためには,⑦ネットワーク機器への追加の設定が必要である。
- E社のネットワークセグメントから仮想サーバへのアクセスを可能とするためには,FWとVPC GWに対してE社のアドレスを追加で設定することが必要である。
これらの課題の対応で,両社のネットワーク全体の経路制御が行えるようになることを報告したところ,検討結果が承認され,ネットワーク統合プロジェクトリーダにFさんが任命された。