Q 社は,個人投資家を対象とした証券会社で,東京の本社にサービス事業本部と情報システム本部があり,全国に営業店がある。サービス事業本部には T 事業部と U 事業部があり,情報システム本部にはシステム開発部と IT インフラ部がある。システム開発部は,システム開発と保守を担当している。IT インフラ部は,システム運用を担当し,サーバやストレージなどのハードウェア及びソフトウェア(以下,これらを IT インフラ群という)を管理している。IT インフラ部は,サービス事業本部に対して,運用しているシステムを IT サービスとして提供している。
Q 社の IT インフラ群は,V 社が運営するデータセンター(以下,DC という)にハウジングされている。Q 社は,DC の施設・設備をハウジングサービスとして利用している。IT インフラ部の提供している IT サービスの概要を表 1 に示す。
表 1 IT インフラ部の提供している IT サービスの概要(2023 年 4 月時点)| IT サービス名称 | IT サービスの内容 | 顧客 | サービス時間 | サービスコンポーネント1) |
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| 情報系サービス | 営業店での販売,相談,分析の支援など | T 事業部 | 平日の 6 時から 21 時まで | サーバ 80 台 ストレージ 100 TB |
| 基幹系サービス | 口座管理,受発注,決済,対外接続など | U 事業部 | (省略) |
注記 1 TB(テラバイト)は,1,000 GB(ギガバイト)とする。
注1) サービスコンポーネントのサーバ及びストレージは,当該 IT サービス専用に割り当てられており,サーバは全て同じ能力のサーバを使用している。
IT インフラ部は,IT サービスを運用するために掛かる費用を算出し,顧客に課金している。現在,顧客に課金している費用の一覧を表 2 に示す。
表 2 顧客に課金している費用の一覧| 項番 | 費目 | 内容 |
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| 1 | ハードウェアリース料 | サーバ及びストレージのリース料 |
| 2 | ハードウェア保守費 | サーバ及びストレージの保守費 |
| 3 | ソフトウェア使用料 | ソフトウェアのライセンス費及び保守費 |
| 4 | 運用人件費 | 運用要員1)の人件費 |
| 5 | DC 使用料 | V 社ハウジングサービスを利用する費用 |
注1) 運用要員は本社に常駐しており,ネットワークを介して運用をしている。
IT インフラ部は,表 2 の費用を次のように管理している。特定事業部の IT サービスで専用に使用されている費用を,直接費として当該事業部に割り当てる。直接費にはハードウェアリース料,ハードウェア保守費及びソフトウェア使用料がある。運用人件費及び DC 使用料は,費用の総額を各事業部に按分し,間接費として配賦している。なお,DC 使用料は固定料金制の長期契約となっており,2026 年 3 月まで費用の変動はない。
〔情報系サービスの移行計画〕
2023 年度末である 2024 年 3 月に,情報系サービスを構成するサービスコンポーネントの IT インフラ群が保守期限切れになる。これに伴い,IT インフラ部は,2023 年 6 月までに IT インフラ群の移行方針を策定することになり,IT サービスマネージャ S 氏が担当となった。Q 社を利用する個人投資家は年々増加しており,情報系サービスが対象とするデータ量も増加している。2023 年 4 月,S 氏は,今後の情報系サービスの需要見込みについて T 事業部と協議した。S 氏は,協議した需要見込みを基に,2024 年度期初に 2023 年度期初に比べて 20% の容量・能力増加が必要で,その後も順次容量・能力の増加が必要となると予測した。IT インフラ部は,需要の変化に対応する迅速な容量・能力変更の必要性及び費用の抑制を考慮し,情報系サービスで専用に使用する IT インフラ群を外部のクラウドサービスに移行し,2024 年 3 月から利用を開始する移行方針を立てた。なお,運用要員は IT サービスのシステム運用業務を行っており,移行後も運用業務量の変動はない予定である。
S 氏は,複数のクラウド事業者に提供サービスについてヒアリングした上で評価し,R 社のクラウドサービス(以下,R クラウドという)を候補として選定した。R クラウドでは,利用者の要求に応じて,サーバとストレージのリソース使用量を動的に割り当てること(以下,リソースオンデマンドという)ができる。R 社から管理ツールとその使用権限が与えられ,これによってリソースオンデマンドの機能を使うことができる。
〔R クラウド利用料の見積り〕
S 氏は,IT インフラ部における情報系サービスの予算管理者としての役割を担っている。S 氏は,クラウドサービス移行後の予算策定に向け,R クラウド利用料の見積りを行うことにした。まず,ソフトウェア使用料については,移行後も費用の変動がないことを確認した。次に,R クラウドには,サーバとストレージのリソースに対応したサービスがあり,それぞれ次の価格モデルがあることを確認した。
- ① 従量制料金:サーバは時間単位,ストレージは月単位に割り当てたリソース使用量に応じて課金額が決まる方式
- ② 使用量予約:一定のリソース使用量を,1 日 24 時間で 365 日分年間予約することで,予約した年単位のリソース使用量分の従量制料金に年間割引を適用する。
R クラウドのサービス料金を,表 3 に示す。
表 3 R クラウドのサービス料金| サービス名称 | 内容 | 価格モデル |
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| ①従量制料金 | ②使用量予約 |
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| サーバサービス | サーバ能力を提供する。OS の設定は利用者が行う。 | 1 台当たり 100 円/時間 | 従量制料金を 25% 割引して年単位に換算 |
| ストレージサービス | 静的コンテンツ,アプリケーションプログラム,データを保存するストレージ | 10 GB 当たり 100 円/月1) | 従量制料金を 25% 割引して年単位に換算 |
注記 サーバサービスの従量制料金における 1 台とは,IT インフラ部が現在使用しているサーバ能力に換算した値である。
注1) ストレージサービスの場合は,確保した使用量が月額固定で課金される。
情報系サービスのサーバは,“①従量制料金”の価格モデルの場合,サービス時間だけ利用するので,1 台当たりの年間リソース使用時間は a 時間となる。したがって,価格モデルとして b を適用した方が,他方の価格モデルよりも低額となる。また,情報系サービスのストレージは,価格モデルとして“②使用量予約”を適用し,予算案を策定する方針とした。S 氏は,2024 年度に情報系サービスで使う R クラウドの利用料を外部委託費として見積り,表 4 にまとめた。ここで,2024 年度は,期初の需要見込みに対応した容量・能力を確保し,2024 年度中は,容量・能力に変動がないものとした。
表 4 2024 年度情報系サービスで使う R クラウド利用料の見積り| 費目 | 費用の内容 | 年額(千円) |
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| 外部委託費 | 情報系サービスのサーバの R クラウド利用料金 | 37,440 |
| 情報系サービスのストレージの R クラウド利用料金 | c |
IT インフラ部は,S 氏の見積りをレビューし,費用を抑制できると評価した。そこで,IT インフラ部は,クラウドサービス移行についてシステム開発部及びサービス事業本部と協議を開始した。
〔サービス事業本部への費用の提示〕
S 氏は,クラウドサービス移行後の T 事業部への情報系サービスの課金額を検討した。S 氏は,表 4 で示す費用以外に,表 2 の費目のうち,クラウドサービス移行後もソフトウェア使用料,運用人件費及び DC 使用料は継続して発生するとの前提をおいて,課金すべき直接費と間接費を算出した。
IT インフラ部では,直接費は実績に基づき各事業部に課金している。その際に,関連する作業負荷,容量・能力の情報も報告し,予算及び需要見込みに対して実績が適切かどうかを各事業部も把握できるようにしている。S 氏は,
(ア)新たに割り当てる直接費についても関連するリソース実績を T 事業部に報告することにした。
次に S 氏は,移行後の間接費について,配賦額を検討し,IT インフラ部でレビューをした。R クラウドに移行した場合,
(イ)現在の間接費の配賦の方法では問題があるとの指摘があり,S 氏は,配賦の方法の見直しを検討し,2024 年度に T 事業部が支払う費用の見込み案(以下,2024 年度課金案という)を作成した。
IT インフラ部は,2024 年度課金案をサービス事業本部に提示し,合意を得た。その後,IT インフラ部は,Q 社の変更管理プロセスに従い,R クラウドへの移行について変更要求を提出した。変更要求は規定に従って審査され,R クラウドへの移行が決定された。Q 社では,R クラウドを使って情報系サービスが正常に稼働することを,機能面・性能面から確認する必要があるので,システム開発部を中心として関連部署からメンバーが招集され,移行プロジェクトが発足し,2023 年 8 月から 2024 年 3 月まで活動を行うことになった。なお,2024 年 3 月までの R クラウドの利用料・移行作業費などは,移行プロジェクトの費用とする予算措置がとられた。
また,2024 年度課金案は,移行プロジェクトの結果を反映して見直しを行い,2024 年度の予算を策定することになった。策定された予算は,規定に従って承認された後,2024 年 3 月に利害関係者に通知される。
〔予算と費用実績の管理に向けた検討〕
S 氏は,予算管理者として,予算がどのように執行されるかを監視する責任がある。S 氏は,移行後の R クラウドを含む予算と費用実績の管理について,検討を開始した。2024 年 1 月に,S 氏は,移行プロジェクトの状況をヒアリングした。ヒアリングの結果は,次のとおりである。
- システム開発部と IT インフラ部のプロジェクト担当者が,R クラウド上で情報系サービスが正常に稼働することを,機能面と性能面で確認できた段階である。
- Q 社では,2024 年度後半に個人投資家向けに,新商品の販売キャンペーンを行う計画があり,計画の実施に当たって情報系サービスの需要が急増する見込みがある。T 事業部と IT インフラ部のプロジェクト担当者は,リソースオンデマンドを使って迅速にリソース拡張を行うことで,急増する需要に対応できることを確認している。
S 氏は,販売キャンペーンを行う計画を織り込んで情報系サービスの需要を見直し,2024 年度予算に反映することにした。しかし,2024 年 3 月時点で,販売キャンペーンの規模などは不透明で,販売キャンペーンの規模を拡大して実施することになった場合に,現時点の販売キャンペーンの計画よりも需要は増加することが考えられる。S 氏は,このような事業環境の中で本番運用を開始した場合,
(ウ)予算管理上のリスクがあると認識した。S 氏は,リスクが顕在化することを想定し,事業環境変化に対応してタイムリーにリソースオンデマンドを活用できるように
(エ)必要な対策を検討し,本番運用開始までに利害関係者に徹底することにした。